ミャンマーの基本情報

ミャンマーは東南アジアの西端に位置し5カ国と国境を接する。タイ、ラオス、中国、インド、そしてバングラデシュが隣国で、特に中国とインドの影響は大きい。人口は日本の約4割だが国土の大きさは約1.8倍と広大である。

myanmar map

国民

人口:5114万人(01年推計)
首都ヤンゴン:約250万人(83年統計。現在では400万人ともいわれる)
民族:ビルマ(全人口の約3分の2)、シャン、カチン、チン、ラカイン、カヤー、カイン、モン(政府区分によると135民族へ細分類)。ほかに中国やインドからの移民も多い。農村人口の割合は70%以上。

近代史

1886年 英緬戦争に敗れ英国植民地となる。
1942年 アウンサン将軍率いるビルマ独立義勇軍が日本軍とともに戦いイギリス軍から領土を奪還。しかしすぐに日本軍が占領。アウンサン将軍は今度はイギリス軍の協力を受け日本軍をやぶるが、イギリス軍は独立を許さず再び英国植民地となる。
1948年 ビルマ連邦として独立。初代大統領にウー・ヌが就任。
1962年 ネ・ウィン将軍による軍事クーデターが発生。ビルマ社会主義計画党の最高指導者となり政権を掌握。軍事独裁による社会主義体制を築く。その後ほぼすべての経済活動が国営化される。
1988年 民主化を求める大衆運動が起こるが軍が武力制圧する。軍政は89年に総選挙を実施すると約束。
1989年 アウンサンスーチーらが国民民主連盟を結党するが、アウンサンスーチーは選挙前に自宅軟禁される。軍事政権は選挙を延期すると同時に、社会主義から資本主義路線へと移行すると宣言したり、国名をミャンマー連邦と改めたりと「改革」をアピールする。
1990年 30年ぶりに総選挙が行われる。軍政の思惑に反し国民民主連盟が485のうち392議席を獲得。しかし軍政は選挙結果を無効とし政権を維持し続ける。

政治

軍事政権。国家元首は国家平和発展協議会(SPDC: State Peace and Development Council)の議長。長年にわたりタンシュエ上級大将が議長を務める。

地方行政

地方行政区は7つの管区(Division)と7つの州(State)に分かれている。管区はビルマ民族の人口比率が高く、州には多数を占める民族の名前がついている。しかしあくまでも一般的傾向にしかすぎず明確な住み分けがあるわけではない。州は右図のピンクの部分で国境地帯に、管区は黄色の地域で主に国土の中央に位置する。管区はさらに上ビルマ(2,5,6)と下ビルマ(1,3,4,7)に分かれる。

ミャンマーの地方行政区分 州(ピンク色)
1.カチン州
2.カヤー州
3.カイン(カレン)州
4.シャン州
5.チン州
6.モン州
7.ラカイン州

管区(黄色)
1.エーヤワディ管区
2.ザガイン管区
3.タニンダーリ管区
4.バゴー管区
5.マグウェ管区
6.マンダレー管区
7.ヤンゴン管区
(地図:ウィキペディアより転載)


地勢・地理

67万平方キロ(日本の約1.8倍)

ミャンマーの国土は西に顔を向けた鳥に例えられることがよくある。くちばしの部分がラカイン州都シットウェー、足がエーヤワディデルタ、そして尻尾がタニンダーリ管区である。

国土の北端には最高峰カカボラジ(5881m)がそびえる。中央には平原が縦に走りその左右には山々が連なる。この平原は古くからビルマ族が多く住む地域であり上記の上ビルマとほぼ重なる。中央平原の西端、つまりラカイン州の東の州境にはアラカン(ラカイン)山脈が連なる。この山脈はインドのアッサム地方のあたりからミャンマーとインドの国境に連なり、チン州を貫き、ラカイン州へとつながっている。アラカン山脈とその西のベンガル湾に面する海岸線との間には細長い平野が広がり、米の産地となっている。ここはインド洋で猛威を振るうサイクロンによる被害を受けることも多い。中央平原の東側はシャン州でほぼ全土が中国から続く高原となっている。

アラカン山脈とシャン高原に挟まれた細長い中央平原を流れる大河がエーヤワディ(イラワジ)である。エーヤワディ川はカチン州の州都ミッチーナの北で中国とインドから流れる二つの川が合流して形成される。全長2100km。河口付近では約300kmの幅に広がりベンガル湾へと流れ込む。また東部には中国の雲南省を水源とするタンルウィン(サルウィン)川が流れており、ミャンマー第3の都市モウラミャイン南でモッタマ湾へと注ぐ。

気候

ミャンマーは国土の大部分が熱帯に属しモンスーンの影響を強く受ける。季節は暑期(3月〜5月)、雨期(6月〜10月)、乾期(11月〜2月)に分かれる。暑期はもっとも暑くヤンゴンでは40度を超える日も珍しくない。雨はほとんど降らない。雨期になると気温が下がり過ごしやすくはなるが、年間降雨量(ヤンゴンで約3000mm)のほとんどがこの季節に集中するためほぼ毎日雨が降っている。乾期は空気が乾燥して心地よい風が吹き、気温も低いため年間を通じてもっとも過ごしやすい時期である。朝晩は冷え込みヤンゴンでも15度を下回る日がある。

降雨パターンはほぼ全土で共通している。ただし中央平原(上ビルマ)では降水量が極端に少なくドライゾーン(半乾燥地帯)と呼ばれている。ここは雨期でも雨量は少なく、乾期や暑期にはまったく降水がない(年間降水量500-700mm程度)。一説によるとバガン王朝時代のパゴダ建設ラッシュで大量のレンガが必要だったため、その燃料となる木々を乱伐して気候が変わってしまったという。一方、気温は標高により大きく影響を受けるので旅行者は注意が必要である。カチン州、チン州、シャン州など山間部の乾期には気温がかなり下がる。例えばチン州の州都ハッカ(標高1863m)では氷点下になることもある。

経済・産業

農業国家である。農業GDP比は50%以上。一人あたりの所得は農村部で$0.23/日、都市部で$0.34/日(97年推計)。人口の75%は第一次産業に従事しているといわれる。農村部での単純労働賃金は1日500〜600チャット。主要作物は米、トウモロコシ、豆類など。インフレーション率の公式発表はないが40%を超える。

貨幣(チャット)

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紙幣の種類は1、5、10、20、50、100、500、1000チャットがある。現在では硬貨は使われていない。為替レートは公式には固定性(1米ドル=6チャット)だが市場では常に変動している。ここ最近の実質レートは1米ドル900〜950チャットの間で比較的落ち着いている(2005年3月現在)



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